とらえかた 

JUGEMテーマ:ビジネススキル

50を目前に,体のいろいろなところにエイジングを感じる日々。

 

先日,ある女優さんのコメント(誰だったか忘れてしまった)に

「”今を生きる”限り,同じ形を留めておくことはできない」

(というような内容だった)

とあったのを読んで,

ひどく納得したもんだ。

 

なるほど なるほど

 

 

生きていること自体が”今を生きる”ことを指す

と捉えるならば,

生きていることは,変化していること

ということになる。

納得 たしかに

 

 

さらに,

変化とは,繁栄も衰退も含んでことを言うので,

生きていることは,繁栄への過程でもあり衰退への過程でもある

と捉えても良いかもしれない。

 

うなずく  どっちも変化にちがいない

 

 

 

要するに,

ひとは 誕生以来,終わりに向けて進んでいて,

その過程に繁栄があったり 衰退があったりするだけ

なのであって,

 

ぐすんぐすん  単に「過程」

もういっこ付け加えると,終わりに向けて存在するカリキュラムの「いち課程」

 

 

 

だからどうしたのか

というと, 

繁栄そのものや衰退そのものに特別な「意味」がないのではないか

と思っている 自分の考えを書きたかったわけで。

 

繁栄と衰退に「意味」を加えるのは自分自身だと思うわけで。

 

汗 フランクルのようになってきたなぁ

 

 

 

 

それで,今日のわたしは何を言いたいかというと,

 

例えば同じ50歳手前でも,

エイジングをあまり感じさせない人もいれば

エイジングを強く感じる人がいて。

 

両者のちがいは

自分が認知するものに対して

「どんな意味を加えているか」のちがい

ではないかしら,

と思うのです。

 

 

 

それは,何かのセミナーなどで「こうなのだ」と他者から埋め込まれて内在化するものではなくて,

自分が経験したり,事例から考え学んだ末に

「自身という場所から芽生えてくるもの」

(わたし語でソレを気づきと呼ぶ)

 

無理に自分の中に存在していない価値観を入れ込もうとせずに

自分の中から湧いて出てくる気づき

大事に大事にしてください。

 

 

お願いなのです。